春休みの広島家族旅行。「てつのくじら館」に行った後、徒歩で約10分のところにある入船山記念館に行きました。
入船山記念館は、旧呉鎮守府の司令長官官舎であった建物です。明治38(1905)年に建てられ、約40年にわたって旧呉鎮守府の司令長官とその家族が公邸として使用したそう。平成10年に国重要文化財に指定されています。
観覧料は一般250円、高校生150円、小中学生100円。所要時間は、敷地内にある郷土館と資料館も見て1時間半位でした。
呉市立美術館前の坂を上って正門へ
入船山公園に入り、呉市立美術館前の坂(美術館通り)を上ったところに、入船山記念館の正門があります。


右にある時計は、大正10(1921)年に旧呉海軍の工廠(こうしょう、国営の軍事工場のこと)の庁舎屋上に設置されていたもの。戦後、入船山に運ばれて整備されました。
左奥にあるのは番兵塔。今のガードマンボックスみたいなものだそう。警備で石の台(礎石)にずっと立っていたため、その部分(靴の部分)がすり減っていました。

進んでいくと、石造りの建物がありました。これは火薬庫で、明治35(1902)年に、旧呉軍港に近い山にあった砲台に置かれていたもの。

中はこんな感じ。呉の歴史や名産品が紹介されていました。
郷土館でチケットを購入

郷土館。ここにチケットカウンターがあります。チケットを買い、2階へ。


歴代の司令長官が使っていたものなどが展示されていました。
和洋折衷の入船山記念館へ

郷土館を後にし、入船山記念館へ。

正面のドア。ガラスに施された模様が素敵。

炊事場の勝手口?から入り、靴を脱いで上がります。

入船山記念館の特徴として、ひとつの建物内に洋風部分と和風部分があることが挙げられます。
仕事をしたり、お客さんを迎えたりする公的空間が洋風、日常生活を送る私的空間が和風といった感じ。
洋風部分と和風部分が接続する所にある引き戸は、洋風部分からは木のドアに、和風部分からは障子に見えるようになっていました。
和風部分から洋風部分に入り…

正面玄関を建物内から見たところ。

イギリス製の籐張り肘掛け椅子。当時使われていた家具の中で唯一残っていたもの。

こちらは応接所といって、気軽にお客さんと話したり打合せしたりする部屋だそう。デスクがあり重厚な雰囲気。主人の書斎としても使われていました。

そしてこちらが、大切なお客さんをお迎えしたときに使われた応接間。応接所よりも優雅な雰囲気。
壁には、金唐紙(きんからがみ)という豪華な装飾紙が使われています。金唐紙は、和紙に模様を型押しして色付けしたもので、ヨーロッパにルーツのある装飾紙を日本独自に発展させたものだそう。


食堂も広々して華やかな感じです。旧海軍の偉い方々は、テーブルマナーを学ぶために、時々自腹でフルコースを食べていたそうです。

食堂の金唐紙も、明かりに照らされてとてもきれい。

珍しいフランス製のストーブ。お洒落。
また和風部分に戻って…

こちらが生活空間。欄間の飾りもシンプルなものになっています。

色を付ける前の型押しした和紙。

茶室もありました。

正面から見たら洋館で、側面から見たら和の建物。
隣の歴史民俗資料館へ

隣にある歴史民俗資料館へ。

洋風部分の壁紙として使われていた、金唐紙についての展示がありました。

型押しに使われた版木棒。手彫りかな。

和風の金唐紙。あでやかです。

背景色によっても印象が変わってきます。

金唐紙の金色は、顔料で作られたものがほとんどのなか、こちらは金箔が使われていました。やはり本物の金は輝きが違う…!
資料館を後にし、美術館通りの坂を下って戻りました。


美術館通りには、戦艦大和や金唐紙のマンホールが並んでいて、ひとつひとつ見ながら下るのが楽しかったです。
潜水艦を間近で見られる「アレイからすこじま」にも寄りました
最寄りのバス停からバスに乗り、少し離れたところにある「アレイからすこじま」へ。

ここは、潜水艦などを間近で見ることができる公園です。英語で小道を意味する「アレイ」と、大正時代に埋め立てられて陸続きとなった「烏小島」が名前の由来だそう。


海上自衛隊の潜水艦や護衛艦が停泊していました。入船山記念館からはバスに乗る距離ですが、潜水艦などをこんなに近くで見られる場所は世界的にも珍しいそうで、オススメの場所です。
この後、呉中央桟橋ターミナルに戻り…


夕日が沈むのを見てから、呉駅から高速バスで広島市内に戻りました。
(訪問:2026年3月)


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